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かなしみ

愛する人を失うことはいかにつらいことであるか。
「悲しみ(かなしみ) = 愛しみ(かなしみ)」であり、深い悲しみは、深い愛しみの裏返し。
悲しみは愛しみからしか生まれ得ないし、悲しみは常に愛しみの証拠。
悲しければ悲しいほど、その裏にはそれと同じだけの愛しみがある。
悲しみにはきっと感謝と暖かな気持ちが生まれる。
悲しいのはつらいけど、それほどの悲しみを持てるのは、それほどの愛しみがあったからであることは間違いない。
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初恋

初恋って、叶った方が幸せなのかな。

叶わない方が幸せなのかな。

魅力検査

視力検査って、輪っかの欠けたところに焦点を合わせますよね。
視力検査だから、それでいい。
ただ、人は人を見る時にも、欠けたところに目を向けがちだったりするんですよね。
誰にだって欠点はあります。
誰にだって短所はある。
でも大抵の場合、欠点や短所は全体のごくごく1部であって、それ以外の部分はたくさんある。
こういう表があって、この人の欠けているところは何ですか?って聞かれたら、それを探してしまうし、そう言われなくても、人間、どうしても、欠けているところばかりが目についてしまいます。
でも、当然ながら、良い部分や素敵な部分はたくさんあるわけで、どこに焦点を合わせて見るか?だけで、見えてくるものは変わってくるんですよね。
欠けた部分を見ずに、欠けていない満たされた黒い円の部分を見る。

父親にはどんな良い所があるのか?
母親にはどんな素敵な部分があるのか?
あの友達はどれだけ頑張っている部分があるのか?
うちの子供はどれだけのスペシャルなものを持っているのか?
視力検査じゃなくて、魅力検査だったら、どれだけ答えられるのか。
普段、どれだけ周りの人の魅力を見ているか。
相手に魅力があるかどうかではない。
相手の魅力をどれだけシッカリと見ているかどうか。
欠けているところを見る力ではなく、欠けていない素晴らしさを見る力。

見方を変えれば見えてくるものも変わって、多分、世界も変わりますよね。

いい顔になりたい

顔は、その人の人となりが見事に出ますよね。ほんと。

「かわいいおばあちゃんになりたい♪」みたいなことを言う女子は結構いますが、(私もその一人w)実際、おばあちゃんになっている人の顔を見ると、お世辞にもかわいいとは言えない人も多いじゃないですか。

これ、非常に説明が難しいというか、顔の造形とか、老化とか、シワやシミの多さとか、そういうことで判断しているわけではないんです。
なんでしょう、なんとも言語化できない何か。

この前テレサテンの顔をニュースで初めて見たとき、きれいだなって思ったんです。
顔立ちは決して整ってないですし、美人ではないんですが、なんか魅力的。
逆に、きれいなのに色気とか全然ない人もいますよね。

顔は脳の一部ってことも言われたりします。
顔には、その人が思っていること、考えていることが如実に外に現れてしまうわけで、脳は見えないけれど、脳内にあるその人のアレコレは、顔に出てきてしまっているという話。
「美人・不細工」というのは、どうしようもなかったりします。
「イケメン・野獣」も、どうしようもない。
モテる顔を得ることが出来なかった私は、その悲哀を思う存分味わってきましたから。

でも、私が安室ちゃんのような顔になるのはまず無理なわけですが、良い顔・味のある顔・慈愛のある顔を目指すことは全然可能なわけです。

人生は顔に刻まれ、心の中・頭の中も顔に刻まれていきます。
笑わない人はへの字口になり、いつも他人に敵意を向けた眼差しで見ている人は、眉間にシワが寄ってくる。
良い顔にするのも、良くない顔にするのも、自分次第だし、自分の人生次第!

いまが踏ん張り時!

新学期が始まってから2週間が経ちましたね。
卒業研究も少しずつ動き始めてきています。

今現在は先行研究の論文を読んだり、自分の研究にどんな意義や目的があるのか、どんなことに役立つのかの資料探しをしているところです。
知らない専門用語などが出てきたりして、言わんとしていることがつかめず、論文一つ読むのにもかなり時間がかかってしまいます。
いまはわからない、知らないことだらけで研究が面白くないし、苦労が多い時期だと思いますが、
これからわかることも増えてきて、実験も増えてきて、楽しくなってくると信じたいものですね。
それはそれでまた新たな悩みができるのでしょうけど。笑

今は地道に頑張ります!
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